2006/8/1-31
2006年8月31日(木)
これは佐藤が作ってくれたクモ取り。厚手のフィルムを巻いただけだが、壁にいるクモにかぶせるとツツーと中に入る。1家に1台必要では?
昨日、風邪をひいてると言っていた土居。朝来てくれたがすごくしんどそうなので、
すぐに帰ってもらった。風邪にタイ料理はダメだったかな?という事で今日は1人。

1Lペットボトルのお茶を段ボール単位で購入しており、
冷蔵庫に入れようと段ボールを開けたら
巨大蜘蛛がいた!!!自分でも、どこからそんな声が出るのかというような声で叫びながら
段ボールを閉め上に物を置いたりして、とにかく段ボールから出られないようにした。
でも今日は1人・・・。めったに涙は出ないのだが蜘蛛はダメ!1mmぐらいの蜘蛛もいやなのに
タランテュラみたいな蜘蛛!!大袈裟ではないです。お客さんが来たらまずい泣いてる場合ではない。
日中わざわざ電話で蜘蛛退治に呼び出せる人は・・・佐藤も蜘蛛はダメなのだが電話した。
「佐藤さん巨大蜘蛛が出たんです!」「ああ、そんなんいるわなあ」
「どうしましょ、西口さんは蜘蛛好きだから西口さんに言いましょうか?」「えっ、取にきてくれって
いうこと?」「はい」「そんな事で西口君呼んだらあかんやろ昼食べてから行くわ」
(
西口さんはタランテュラの剥製を持っている)でも、佐藤もあの蜘蛛はダメだろうなあ誰か
来ないかなあと思っていたら、村上書店さんのご主人が来た。「あのーー蜘蛛大丈夫ですか?」
「えっ・・うちの嫁さんは大きな蜘蛛も手で掴むで」という事で店番に御主人が戻り
奥さんが来てくださった。「まあ、可哀想にどこですか?」と段ボールを公園に持って行き開けたら
公園の方へ走っていったそうだ。「本当に手のひらぐらいあったわあ」と、
お買物までしてくださった、感謝感謝!!やっぱり1人では生きていけません。
1人の日に限ってお客様が多い、村上書店の奥さんが「蜘蛛は家の守神よ」とおっしゃったのだが
蜘蛛のお陰さまで今日はお客さんが多いの?思い出すだけで鳥肌。全然仕事が進んでいない。
仕事をしよう、集中力が出ない、今日も終電か。

2006年8月30日(水)
明日まで片岡は夏休みなのでしばらく土居と二人。
土居は学校を卒業してすぐにスプーンの時の「佐藤邦雄小さな美術館」にアルバイトに来て、3年間ずーっとわたしの横にいた。
クローズしてから辞めてKunio Galleryオープンが決まり、また来てくれないかと言ったら来てくれた。
広島の厳島出身で今の時代には珍しく純粋な女の子、彼女の描く絵ものびのびとしている。お母さまや家族も素敵だ。
二十歳の純粋な時に私なんかの指導を受けて、世の中に出ていけるのかしら?と辞めた時に不安になった。
とにかく性格が可愛くて、もっと厳しくするべきだったのでは・・とか。
また一緒に働くようになって、全然変わっていない。今日は一緒にタイ料理を食べた。
いつまでもこのままの生活は続けられないとは思うけれど、好いところをなくさないで欲しいなあ。
土居ちゃんの作品も売り出そうかな。

2006年8月29日(火)
画集の表紙になっているコラージュ ゴリラが真中パターン。ポスター・商品などいろいろになっていますね
お馴染みの佐藤のコラージュ作品。
これは20年程前にもと上司の多田さんが
された。まだコンピューターがない時代
印刷物をカッターで切りぬき、畳1枚の
大きさのウッドラックパネルに張り込んで
いく。終わりのないパズル。一度、ジグソ
ーパズル用に
猫中心の物を作り直した事が
あるが1週間ぐらいかかったような。
中の作品が古いので新しい作品を入れて
作り直そうかと思ったのだが、コンピュー
ターでも切抜き作業は同じ。解像度が大きい
データで作業しているので、保存するだけで
も時計が回って動かない・・・。

2006年8月27日(日)
日経新聞の挿絵入稿。
昨日見た「チェコ絵本とアニメーションの世界展」とても良かった。
コンピューターがない時代のイラストは切り張りされていたりと今の時代には味があると感じる、きっと当時は美しくないとか、
思いながら描いていたのかもしれない。最近では昔の味をわざと出した作品が好まれている傾向がある。私も好きだ。
友達のイラストレーター福田利之さんを思い出した。同世代では学生の時からスターイラストレーターで
最近作風が柔らかくなったなあと感じている。
佐藤も絵本を描くと言ってかれこれ何年経つか・・・佐藤の絵本はいつ生まれるのか・・・

2006年8月25日(金)
今日は「宝くじの会」。もう5年ぐらいになるかと思うのだが、スプーンのスタッフと
他イラストレーターの方々現在計11名で宝くじを買っている。
クニオの3Fを宴会場にしてサマージャンボの発表会をした。本日の参加者は8名。
相変わらず当りません。絶対当っている300円のみ合計6,300円、
これは次回の宴会代になる。
数回1万円が当った事があり、その時は少し贅沢な食事。そのまま貯金していたら
みんなですごい御馳走が食べられるのに。

さて、明日は1人でブラブラ京都の伊勢丹で開催している
「チェコ絵本とアニメーションの世界展」を見に行く予定。小さな親切運動大阪本部
の代表理事大野氏に招待券をいただいた。佐藤は忙しくて行けない。
次の日経新聞の作品が出来ていない。

2006年8月24日(木)
9/2(土)発売予定の日経新聞挿絵のラフ、鉛筆で描いた物をコピーしてそれに色鉛筆で着色します。 全体に入る影を確認したい為に佐藤が撮影。「ここの光がいいわ」と佐藤。斜向いのSDA教会さんの敷地なんだけど・・・。誰もいなくて良かった。
来週掲載の日経新聞の挿絵は明日提出予定だが、
今日の昼頃、佐藤が来て「何か体重計ぐらいの台ない?
雰囲気と影をみたい」と言う。ダイエットのお話
なのだ。少し高さが合わないが台があった。
「じゃあ土居さんにモデルしてもらいましょうか?」
と言うと「いやこれは太い方がいい」『!!』

という事で久しぶりにモデルをしました。
すると土居さんが「ダイアリーにのせなきゃ」と
写真を撮ってくれました。私「こんなん載せへんで」
と言ったのだが、読者の皆様にとっては作品がまだ
出来ていない制作のナマ現場ですから、面白いかと
考え直しました。仕上りは来週の日経新聞土曜日版
に入っている「プラス1」をご覧くださいませ。

2006年8月23日(水)
昨日、消防署の方が来られ非常灯の電球とバッテリーを交換
するように言われた。消防検査の時に言われたのにそのままに
していた。電球他を取る為にBOXを開けようとしたのだが開け
方がわからず「出来そうな人が来たら頼もう」と思っていた
ら、坪井健さん(イラスト・映像制作などしている)が来た。
学生の頃から知っているので頼みやすい。このダイアリーを
見てくれていると言うので「ダイアリーに登場する?」という
事でお願いした。助かった、ありがとう。ここに来たら何か
手伝わされるという噂になって、誰も来なくなったりして。
8月31日19時より「心斎橋アップルストア」にて映像担当で
イベントがあります。http://www.pict-web.com/koharu/

2006年8月21日(月)
ビルの前に細い溝があり、そこの溝に毎日のように足の長い蜂が来る。(水を飲みに来てるのかな?)
閉店前にショップに入ってきて大騒ぎになった。こういう時はいつも一番年下の土居ちゃんが取る役目になる。
3人でキャーキャー言いながら、
逃げ足が早く上の方の段ボールに止まったり、脚立に乗り帚とちり取りなどで追い祓う
の
だが、なかなか出て行ってくれず、私は辛抱たまらず見てるだけなのに「殺したら!」と言うと、
土居ちゃんは「殺すのは可哀想です」と言い30分程かかって何とか追い出し成功。
その後、土居ちゃんが帰ってから巨大ゴキブリ発生!!また片岡とキャーキャー言いながら大騒ぎ
私にとっては蜘蛛とワニよりましなので、ボール紙を丸めた物と殺虫剤で戦いさすがに死んでもらいました。
ビル全体バルサン焚かなきゃ。仕事するより疲れた。徹夜でもこのビルの床では仮眠は出来ません。

2006年8月18日(金)
ランチタイムに近くの滝川公園の方へ行ったらお祭りの用意がされていた。
思わずそこにいた人に「お祭りあるのですか?いつですか?」と尋ねたところ
昨日今日だと。片岡さんを誘ってギャラリーを閉めてから行った。
どうも町内の方々でされているようだ。千円でビールと酎杯・たこ焼き・
唐揚げ・タコせんべえ・ウィンナー・おでんが食べれた。どれも美味しい!
これって穴場じゃない。3年程前からお酒を止めていたのだが数週間前から
少し飲むようになりビールが美味しい。といっても元々弱いので量は飲めない。
片岡はお酒が好きで「ちょっと1杯」は寝たこ起こした状態だからダメだそうだ。
私は1杯で充分、2杯飲むと熟睡してしまう。でも今日は仕事が残っている
ので1杯だけ、会社に戻りました。明日・明後日は久しぶりの連休。

2006年8月17日(木)
佐藤がアトリエのベランダで飼っているメダカ。
「メダカが子供生んでん!」と嬉しそうに言う佐藤だが、
1m四方の水槽には変な虫もいて気持ち悪いし臭い。

2006年8月16日(水)
本日、佐藤はまた徹夜。デオデオのカレンダーの為の作品と日経新聞の作品の納期がつまっている。
私は電車のある時間に帰るつもりだがいろいろ片付ける事があるので佐藤と食事をした。

佐藤と私が食事をする時はお酒も飲まないので早いのだが、今は仕事場が離れているので1時間程話をした。
佐藤も私もコーヒーが好きで食後は必ずコーヒーを飲む。

スプーンに入社した頃は朝みんなの飲み物を庵れる習慣があった。(今はない)
マネージャー室、田中さんはこぶ茶・中村さんは梅こぶ茶・植原さんはブラックコーヒーという具合。
そして制作室はビジネスコーヒーのサーバーをレンタルしており、10杯分ぐらいを庵れて置いておく。
それぞれのマイカップと砂糖とミルクを入れるかなど覚えなければいけなかった。
入社した頃、私の仕事内容をノートに書いていたのだが、1ページ目はみんなの飲み物とカップの柄が書かれている(^^)。
その頃、佐藤と他3名は他のビルにいたので佐藤とは殆ど話はしていない。
それから他のビルに引越、同じビルにマネージャールームとイラストレータールームが出来た。
数年後、私がイラストレータールームに行き(絵を描いてたわけではなく、多田さんのアシスタントになった)
コーヒーを庵れていたのだが、毎日飲むとだんだんコーヒーの味が分かりコーヒーが好きになった。

ある朝佐藤がコーヒーを飲みながら「最近のコーヒー美味しいねえ」と言った。
コーヒーを庵れるようになって1年以上経っていたと思う、私は嬉しいより今まで不味いと思われていたのか?
という事がショックで、それからはお茶を庵れたりするのも美味しく庵れられているかすごく気にするようになった。
たかがお茶でも美味しいのと不味いのとでは違いますよ、上等の豆や葉を使わなくてもちゃんと庵れれば美味しい。
お客様が来られた時、お茶を出すか出さないか?人を選んでもいけませんね。

佐藤はあまり文句を口に出して言わなかったので、理解出来るのに数年かかった。今はきつい言葉も態度も出るが。
怒ってもらえるようになったら認められたという事のようだ。

2006年8月15日(火)
ショップ内に置く椅子を購入。高齢のお客様が多く、荷物を置いていただいたり、
ラッピング中に座っていただく椅子が欲しかった。
散々迷ってオーソドックスな曲木椅子にした、1脚11,000円。以下購入店の説明。

誰もが知っているこのカタチ・・。製造はトーネット社の旧ポーランド工場で行われています。
通称、“トーネットチェア”とか“カフェチェア”などと呼ばれていますね。
「椅子史」上、最高傑作にして最大のベストセラー、“No.14”のベントウッドチェアになります。
1859年、ゲブルダー・トーネット社から発表された“No.14”は、
1930年までに5000万脚、そして、150年後の今日までに2億脚が生産されたと
いわれています。さらに今尚、こうして現在も作り続けられているわけですから、
本当に驚くべきスーパー・ロングセラーモデルですね。
まさに「名作椅子」中の「名作椅子」、それがトーネットの“No.14”です!

2006年8月14日(月)
周囲はお盆休みで静かだ。
今日は
佐藤の息子さんと家族(奥さん、子供男の子2人)と佐藤の奥さんが来られた。
佐藤の娘さんにも男の子が2人いる。佐藤家すごい。娘さんと息子さんは全然違う世界だが、
将来、お孫さんに佐藤と同じ仕事を選ぶ子がいるかな?

2006年8月13日(日)
お盆といえば、お墓参り。
一昨日、
佐藤は急に「高松へ行くから休みます」と朝から電話があった。
翌日聞くと「なんか夜中眠れなくて、高松のお墓の掃除をしてきた」と。そして昨日は奥さんの方名張へ。

私は、私の実家のお墓参り・義母の家・義理の妹の家へ行った。義父は早くに亡くなっている。
義理の妹には男の子3人も子供がいて一番上の大ちゃんは13才、会う度に大きくなり声変わりもしてきているのでビックリ。
初めて「おばちゃん」と呼ばれた時「えっ!おばちゃん?!!」と顔がひきつったのでみんな「ジュリコさん」と呼んでくれている。
先日、小学生の頃の私を知っているイラストレーターに「おばちゃんになったなあ」と言われたがもうあまり抵抗はなかった。

2006年8月12日(土)
1Fの階段室にある埋込ポストがじゃまだなあと思っていたら数日前に片岡がおでこをうって怪我をした。
ビスを外してもビクともしない。スプーンに行った時、中村さんに「どうしたらはずれるのでしょう?」と聞いたら、
壊してもいいのなら土曜日に外してくれると言ってくれた。ありがたい。見た事はないのだが、
中村さんは趣味でログハウスを作ったりしている。こんな道具を持っている人はいないですよ。
因に昨日から私が作っていたカウンターの天板はすごい駄作になり公開出来ません。
切る事になった。火花が散っている。 土曜日なので私服の中村さん。 周りの壁紙が焦げ、1時間もかかった。 土居ちゃんが目隠しにコルクボードを付けてくれた。

2006年8月11日(金)
キッチンの後にカウンターを作ろうと板を購入した。
天板にするような長い1枚板は高額だ、スチール棚の上に天板を乗せるだけのカウンターなのでホームセンターで1枚2千円程の板2枚をステンで塗装し合わせる事にした。
ホームセンターでは軽トラックを無料貸出してくれるので借りた。
ダンナの車以外運転した事がなくその車はキズだらけの
可哀想な状態。少々不安はあったがボロボロの軽トラだし気を
使わなくていい。普通車より視界が高く車幅がないので快適だった。

佐藤の原画展をする時、美術梱包さんに郵送をお願いする事が多い。
大規模な時は4トン車、小さな時は2トン車。
集荷し当日会場に着く場合はそのトラックに同乗させてもらう
のだが、なかなか快適だ4トンの場合、前に6名程乗れシートも
ゆったりしている。2トンは普通免許でも運転出来るので免許が
とれたら運転してみたいと思っていた。
この調子だと2トン車も運転出来そう。

天板は今晩と明日で仕上げる予定、上手くいくかなあ。

2006年8月9日(水)
1Fにキッチンがなくて不便だったので取急ぎシンクを購入した。カフェをしたいと思っていたので業務用。 キッチンスペースを確保する為にオフィス内の荷物の移動。またすごい状態になってしまった。私のデスク周りは相変わらず、積み上げた状態。

2006年8月8日(火)
片岡と松葉井さんと3人でお好み焼きを食べに行った。
昔からお好み焼といえば「甚六」へ佐藤その他上司が連れて行ってくれた。
店内は決して洒落ていない普通のお好み焼屋さんだが、美味しい。
松葉井さんは27才!お母さまの方が歳が近い!!
自分が若い人を連れて行く歳になったんだなあと、実感した。
店の情報:「甚六(JINROKU)」大阪市北区天神橋1-13-11

2006年8月6日(日)
毎週金曜日は日経新聞挿絵の翌週掲載分の提出日。
殆ど遅れることなく提出してきたのだが、だんだんと遅れる回数が増えてきた。
4日約束の作品を本日提出。1年程続く予定なのだがあと約8ヶ月、どうなるのか・・・。

2006年8月4日(金)
片岡と仕事が終わってから食事に行った。
以前と最寄り駅は同じだが、橋を渡って反対側なので殆どお店を知らない。天満宮近くの気になっていた店に入った。
すごく大きな一枚板のカウンターだけで和風の内装。ゆったりした雰囲気がとても良い。いろいろなカエルの置物がある。
メニューがなくその日の食材でおまかせということなので、少しドキドキしたが、高級レストランというわけでは
なさそうなのでお任せした。和洋折衷創作料理でとても美味しく、店の方も感じがいい。
引越してから初めてのゆっくりした外食がとても満足する日になった。26時まで営業しているというのもいいですね。
BARだけの利用可。気に入ったお店は他の方にも知って欲しいので。
店の情報:「くいしん房 楽人(RAKUTO)」大阪市北区天神橋1−9−6リリーフ1F / TEL06-6354-3130

2006年8月3日(木)
近所のフクロウ専門「ギャラリー有楽」さん
フクロウは縁起の良い鳥として親しまれている。
個性的で味のある物が多く、見ていて楽しい。
センサー?で反応して鳴くフクロウを購入した。

2006年8月2日(水)
知合いのお父様が亡くなり、お通夜へ行った。こういった時には「この度はご愁傷さまです」と言うのが一般的だが、
私の場合何故かその言葉が出てこない。何か形式ばって気持ちが入っていないような・・・。
結局、「なんて言っていいか・・・モゴモゴ」と余計不細工な言葉になる。いい言葉ないかな。
今回は88才でしばらく入院されていたということなので、こちらの気持ちはらくだが・・。ご本人にとったら年令は関係ないだろう。

昨年の田中俊夫氏の葬儀を思い出してしまった。骨を拾わせていただいたのは良かったのだが、死に顔は見ない方が良かった。
見なければ元気な頃の姿だけ思い出せたのに。年々、不幸事が増えている。
来週日経新聞掲載のテーマは「辞世の言葉」(先に言うとまずいかな)最後はどういう言葉を残すか?
佐藤も私もやりたい事がいっぱいあるので(佐藤の場合は描きたい絵)「あれ頼む・・・みたいに未練たっぷりの言葉を残すかな」
でも私は死に顔も死にかけの顔もみられたくないなあ。喘息をもっているので死ぬかもと思った事はあるのだが
死にたくないと思えば死なないような気がする。気力は自然治癒のエネルギーではないだろうか。
そして何事も諦めず思い続け常に意識する事を心がければかたちになると信じたいですね。


2006年8月1日(火)
本日、佐藤はナンプレの〆きり前日で徹夜予定。今回の作品はちょっといつもと違う雰囲気。
日経新聞の挿絵の場合はサイズが小さい事もあり背景は殆どないが、ナンプレの場合は空間が広いのでそういうわけにはいかない。
私個人としては背景がある作品の方が好きだ。